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市政レポート2018年4月20日号外 その2

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国保税2年連続の値上げで毎年最高16万円の負担増に
 2月議会で、清水市長は国保税や介護保険料の増税を提案し、審議されました。
 国保税は2年連続の値上げで、一緒に徴収される後期高齢者医療保険や介護保険の負担分を加えると、最高税額は2年で年額73万円から89万円へ、22%も上がります。

さいたま市の国保税最高額

 また今年は後期高齢者医療保険や介護保険の税率が引き上げられて、13万5200世帯の負担が増えます。年間所得600万円の4人家族(40代の夫婦2人と子ども2人)の場合は、2万4800円の負担増になります。
 所得が低くても負担は増え、年間所得200万円以下で3万7076世帯、100万円以下が3万2783世帯、所得0(年金収入で120万円以下)でも2万7979世帯が増税です。

介護保険科は低所得でも値上げ、生活保護は収入2倍でもタダ!?
 65歳以上の高齢者が負担する介護保険料も、年額800~1万1000円増えます。国の定めでは保険料は所得によって9段階に分かれ、最高は所得300万円以上の人で基準額の1・7倍(さいたま市の場合は年額11万0500円)です。
しかしさいたま市は独自に12段階に分けて、最高は基準額の2・55倍(年額16万5800円)も徴収します。
 最低額は所得80万円以下の人と生活保護の受給者で、年額2万9200円ですが、生活保護の支給額は80万円以下なのか、私は2月13日の本会議で問いただしました。

吉田一郎 生活保護の年間支給額は、65歳でいくらか。
志村保健福祉局長 65歳単身8の年間支給額は152万4270円、65歳夫婦の年間支給額は211万9350円
吉田一郎 単身の支給額が152万円なら「所得125万円以上200万円未満」の介護保険料で年額8万4573円、夫婦で支給額が211万円なら「所得200万円以上350万円未満」の介護保険料で年額9万7584円のはずだ。生活保護受給者の介護保険料を所得に合わせないのはおかしい。
志村保健福祉局長 生活保護制度と介護保険制度、それぞれの定めに基づいて事業を実施している。

 生活保護受給者の場合、実際には介護保険料や介護保険を使った時の自己負担額(1~2割)も別途支給されて、すべて無料になっています。
 年間80万円以下の年金で暮らす人が3万円近い保険料と自己負担額を徴収されて、150万円や200万円支給されている生活保護受給者がすべてタダというのでは、まじめに年金を払ってきた人がバカを見てしまいます。

市民会館移転に484億円使うよりも増税回避に公費を
 今回の増税で、市は64歳以下の市民から年間4億1000万円、65歳以上の高齢者からは5億6380万円の税収増を見込んでいます。市民会館の移転に484億円も浪費するより、その2%を増税回避のための財政投入に使うべきです。
 しかし2月議会では、市民会館の移転に賛成した民進・立憲や公明・自民真政(大宮派)の「清水与党」と自民(浦和派)が、増税案にも賛成して可決されました。
 少子高齢化が進み、将来の財政が厳しくなるのはわかりますが、市民の負担を増やす前に、まず無駄な支出を抑えるぺきです。


各政党が法的権限ない「吉田一郎はやめてしまえ決議⇒私は辞めません
 私が2月20日の文教委員会で、職員の答弁が不誠実だと激怒して「首吊って死ね」とヤジを飛ばした件で、地方自治法の懲罰の規定に基づいて、出席停止処分(3月15日と16日)となりました。私は今回の「暴言」が処分の対象になるのは当然であり、法に基づいた処分に従うことが議員の取るべき責任だと思っています。
 一方で、自民(浦和派)は、法的な権限がない「議員辞職勧告決議」を提案。こちらも無所属議員を除く各政党・会派が「これを機に吉田一郎は辞めてしまえ」と賛成して可決されましたが、出席停止処分と矛盾していることや、多くの地元有権者の方々から「今後も頑張れ」との激励の声を頂いていることから、私は「辞職はしない」と発表しました。
 今回の「暴言」は私の不徳の致すところであり、市民とりわけ応援してくださった方々には本当に申し訳ありません。
 私は「暴言」をしっかり反省し、今後も「浦和優先」の市政から大宮を守るために、赤字の地下鉄やハコモノ建設、補助金乱発などの市政を糺すために、そして不正の温床=政務活動費を廃止するために、引き続き頑張ります!
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編集 / 2018.05.09 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

市政レポート2018年4月20日号外~484億円で移転の市民会館 コンサートや演劇で使えない!? ~

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 仕事に忙殺され、実に半年も放置してました当ブログ。久々に吉田一郎市議の市政レポート〝号外〟が我が家のポストに投函されていたので、テキスト化してアップしてみました。以下



484億円で移転の市民会館 コンサートや演劇で使えない!?
大道具がエレベーターに入るのかまったく考えないまま、大ホールを上層階に設置
 現在の場所でそのまま建替えれば50億円で済む大宮の市民会館を、清水市政は総額484億円もの公費を投じて中央デパート跡地の再開発ビルに移そうとしています。
 さらに2月19日の文教委員会では、私の追及で新しい市民会館はコンサートや演劇の公演では使えないシロモノであることが明らかになりました。

機材運ぶトラックは地下駐車場に入れず、横道も狭いまま
 現在の市民会館は、街外れにあるので駐車場は広く、車は無料で停められます。しかし移転後は、車は再開発ビルの地下駐車場(有料)に停めなくてはなりませんが、大宮駅周辺の駐車場はいつも満車の状態が続いています。



吉田一郎 市民会館を借りた主催者が、車で機材や用具を運ぼうとしても、地下駐車場が満車だったら、イベントが始められない恐れがある。市民会館の集会室も含めて、借りた人用の駐車スペースを確保していないと混乱する。
文化振興課長 現在の案では専用スペースはないが、そのようなご心配は多数あると思うので、主催者枠の専用駐車スペースは今後検討する。
吉田一郎 市民会館で催し物をする時に、トラックで機材を運ぶこともあるが、地下駐車場に入れるのか。または裏口のあたりに停めて、そこで積み下ろしをするのか。
文化振興課長 地下駐車場なのでどうしても高さ制限がある。搬入は地下からではなく、外から回す形で工夫したい。



 市民会館でコンサートや演劇の公演を行う場合、楽器や大道具などを搬入する必要がありますが、移転後の市民会館大ホールは、再開発ビル東棟の6~9階に設置されます。
 機材を搬入する場合、トラックは東側の氷川緑道西通線(市役所通り)に停めることになりますが、この道は1車線で歩道もない細い道です。市では拡幅を予定していますが、埼玉りそな銀行などのビルが建ったままで、立ち退きが完了して道路が広がるのは、2021年度の移転に間に合いません。
 現在の市民会館やソニックシティの大ホール、スーパーアリーナなどは1階にあるので、搬入口にトラックを横付けして会場に大きな機材を運び込むことができます(スーパーアリーナの搬入口は高さ4.2m、幅7.85m)。
 しかし再開発ビルでは、大きな機材がエレベーターに入るのかも、検討していないままです。公演が終了するまで、機材を運ぶトラックの待機場所も用意されていません。
 結局、「大きな機材を使うコンサートや演劇は利用不可」になり、これまでの市民会館のように多彩な公演を楽しむことができなくなりかねません。

立憲・公明・自民真政ら「清水与党」は後先考えず賛成
 500億円近い血税を投じて、市民にとっても主催者にとっても利用しにくい施設になるのでは馬鹿げています。
 しかし、議会で市民会館の移転に反対したのは無所属と共産党だけで、民進・立憲や公明、自民真政(大宮派)の「清水与党」はもろ手を挙げて賛成。当初は「費用がかかりすぎる」と渋っていた自民(浦和派)も賛成にまわりました。市長の提案ならどんな高い買い物でも認めるのでは、行政を監視する議員の役割を放棄したのと同じです。再開発ビルのイメージ図



 さいたま市議 吉田一郎氏の市政レポート。特別号が既に〝通常版〟と化している昨今。号外の配布は実に3年ぶり。
ツイッターにチラシの写真を添付してつぶやいたところ、私にしてはかなりの好反応があったので、取り敢えず表面をテキスト化してアップしてみました。裏面についてもなるべく早くアップしたいと思っています。しばし猶予を…。

編集 / 2018.05.01 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

2026年 首都高埼玉大宮線延伸 与野JCT→上尾へ

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 6月1日付の埼玉新聞に「首都高、与野JCTから上尾まで延伸…」という記事が載っているのをネットで見つけました。
 私としては、「吉田一郎市政レポート2016年4月特別号」や、3月1日にアップされた沢田力県議のブログに首都高延伸について既に報じられていたため、既知の情報として「何を今更&何故このタイミング?」という思いを受けました。そんな思いも込めて、何のコメントも付け加えずにTwitterに投稿したところ、思いの外リツィートなどの反応があったので驚きというか、少々不思議な思いがしております。
 


 以下は、前述の吉田一郎市政レポートから、首都高延伸関連の記事を引用して紹介します。



9年間の提案 ようやく実現!
宮前町の先まで高速道路建設
大宮の渋滞緩和のため、11年後に開通予定

 大宮は「鉄道の町」である一方、道路網は不十分です。私は9年前に議員に初当選してから、用地が確保済みの宮前町まで首都高を北へ伸ばし、大宮西部の渋滞緩和を図るとともに、大宮を全国の高速道路網に直結することを提案してきましたが、国が16年度の新規事業として予算をつけ、実現することになりました。

取得済み用地活用を
初当選してすぐ提案

主要渋滞箇所だらけの大宮 高速道路の延長で大幅に改善へ 新大宮バイパスの上を、東京から首都高埼玉大宮線が伸びています。しかし「大宮線」と言いながら、大宮手前の与野で東に曲がり、新都心を通って第二産業道路に抜けています。
 私が議員に初当選した07年当時、相川前市政や市議会では、首都高を東に伸ばして東北自動車道(浦和インター付近)へつなげようと論議していました。
 しかし、バイパスが開通した時から、宮前町までの中央分離帯には高速道路の用地が確保されています。
 そこで私は07年12月13日の建設水道委員会で、提案しました。


吉田一郎 バイパスの真ん中に用地は既に確保してある。鉄道博物館ができて大宮の北部に直接来る観光客が急増している。市は北伸をどう考えているのか。
土木部長 新大宮パイパスの慢性的な交通渋滞の解消や沿道環境の改善を図るうえでも、その実現に向け、国などの関係機関に積極的に働きかけていく。


 その後も議会で再三にわたって首都高の北伸を要望し、09年に国と県、市、首都高、東日本高速の5者で「新大宮上尾道路検討会」が発足。12年には首都高の中期経営計画で埼玉大宮線の北への延伸検討が盛り込まれ、14年から5者による埼玉県中央地域渋滞ボトルネック検討ワーキンググループ(WG)が、大宮を中心とした交通渋滞の分析を始めました。
主要渋滞箇所用地の確保されたバイパス

国が今年度から予算
大宮西署にインター

バイパス中央に首都高の用地は半世紀前から確保 本来の計画は、与野から圏央道の桶川北本ICまで、バイパスと高速道路を建設する内容です。
 しかし、上尾と桶川の境の湿地帯で、植物保護をめぐって環境団体が反発し、バイパス(上尾道路)の開通は大幅に遅れました。
 4月29日に上尾道路が圏央道まで開通しますが、当面は片道1車線で、植物に与える影響を長期的に観察したうえで、2車線化や高速道路の建設を検討することになりました。これでは圏央道までの高速道路は、何十年先かわかりません。
 私はバイパスや大宮西部の渋滞緩和のためにも、一貫して宮前町までの暫定開通を提案してきました。
 昨年6月17日の一般質問では、市の答弁は否定的でした。


吉田一郎 宮前町まですでに用地が確保されているが暫定開通させたらどうか。
本橋建設局長 圏央道までの事業化が重要と思う。


 しかし、2月22日のWG会議では「与野~国道16号(=宮前町)については、バイパスの渋滞が著しいことから対策を優先すべき」と結論がまとまりました。
 これを受けて、国が16年度から新規事業として採用。建設予算をつけることが決まりました。
 建設区間は、宮前町より少し先の上尾南 (日産ディーゼル付近)までで、開通は27年度の予定。途中に大宮IC(北行)、宮前南IC(南行)、宮前IC(北行)が設置されます。
 宮前南ICは大宮西警察署の南側に建設され、ここから東京方面へ直行できる形になります。
 「まず宮前町まで建設を」という私の現実的な提案が、9年がかりでようやく実を結ぶ形になりました。





【関連リンク】
2016年6月1日 埼玉新聞
首都高、与野JCTから上尾まで延伸 区間内に大宮、宮前南IC開設

2016年03月01日 埼玉県議会議員 沢田力 公式ブログ
「上尾道路」の上に高速道路が!与野から上尾まで延伸の見込み

吉田一郎市政レポート 2016年4月特別号
9年間の提案ようやく実現!
宮前町の先まで高速道路建設
大宮の渋滞緩和のため、11年後に開通予定


編集 / 2016.06.02 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

第14回うなぎ祭り開催 浦和が蒲焼き発祥の地ってホント!?

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 5月23日第14回浦和うなぎまつりが開催されました。
 当日は3年ぶりに復活したうなぎのつかみ取りが行われ、盛況のうちに終了したとのことです。
 翌日、新聞各紙も一斉にうなぎ祭りの様子を報じていました。その中で気になったのは東京新聞の記事。

以下 2015年5月24日付 東京新聞(TOKYO Web)より抜粋


 江戸時代から名物として親しまれ、うなぎのかば焼き発祥の地として知られるさいたま市で二十三日、恒例の「浦和うなぎまつり」が開かれ、四万六千人(主催者発表)でにぎわった。三年ぶりにウナギのつかみ取りが復活し、大勢の子どもたちが歓声を上げた。 (井上真典)

 市内のうなぎ店などでつくる実行委員会の主催。つかみ取りは、環境省がニホンウナギを絶滅危惧種に指定したことを受けて二〇一三年から自粛していたが、子どもたちに魅力を知ってもらおうと再開を決めた。

(中略)

 捕まえられたウナギはその場で調理され、うなぎ弁当(一個千五百円)として販売された。約三時間で二千個分の購入券がなくなる盛況ぶりだった。



 私が疑問に思ったことは2点。
 ①今年の来場者は4万6千人とありますが、市外からの来場者はどのくらいだったのでしょう。
 このイベントに、例年さいたま市は500万円ほどの補助金を出しています。
 来場者が市内から訪れた方ばかりならば、うなぎ業者の安売りセールに市は補助金をバラまいていると言われても仕方ないでしょう。
 公金を拠出する以上、その使われ方や効果について調査や検討をする必要があるのではないでしょうか。


 ②うなぎの蒲焼きが浦和発祥というのは本当なのでしょうか。

 蒲焼きが最初に文献に登場するのは、今から600年以上も前の室町時代。
 ただし当時の蒲焼きは現在の調理法とは全くの別物で、うなぎを筒切りにして串にさして焼いた姿が、植物の蒲(がま)の穂に似ていることから、蒲焼きと呼ばれるようになったといわれます。塩焼きや酢味噌、山椒味噌などの味付けで食されていたそうです。
 1700年頃、腹を開いて金串を刺し、タレを付けて焼くという調理方法が関西で開発されました。江戸に伝わったのが正徳年間(1711~1715年)といわれています。
 その後、関東の濃口醤油や味醂の普及に伴って関東風のタレと出会い、更に、脂肪が多く肉も堅い関東のうなぎのために「蒸し」の手間が加わって、蒲焼きは現在の姿に完成されてゆきます。
 浦和が発祥の地と主張しているのは、この〝完成形について〟であると思われます。
 では、その主張の根拠は何なのでしょうか。

 吉田一郎市議は、その根拠について、2011年9月議会の決算審査で追求しています。


 動画をご覧頂ければ分かりますが、吉田市議の「発祥の地である根拠は何か」という質問に対し、市の観光政策課長は「蒲焼き発祥の地という説を旧浦和市時代から使っている。蒲焼き業者も(その説を)使っている。説があるという事実をもって観光集客のPR材料に使う事は妥当であると考えている」と、全く噛み合わない答弁が返ってきます。
 更に吉田市議が。「浦和市史を調べた結果、蒲焼き発祥の地であるという記述はどこにもない。一体何処からでっち上げてきたのか」と詰め寄ると、観光政策課長は「私どもは歴史事実を確認する立場にない」と開き直る始末。

 業者が『自分の店が元祖だ』というのは自由ですが、いくら観光PRのためとはいえ、それを根拠に発祥の地と宣伝するのは如何なものかと思います。


 吉田氏の市政レポート2012年2月特別号によれば、市は1844年頃の『浦和宿絵図』に「蒲焼商」が2軒載っていることを証拠として提出していました。
 しかし吉田議員の調査により、1700年頃に発行された『江戸名所百人一首』で、深川八幡のカルタに「めいぶつ大かばやき」の屋台が描かれていることを発見。蒲焼き発祥の地は浦和でないことを証明しています。

※大かばやき
現在蒲焼きと呼ばれている調理法は、それまでの蒲焼きと区別するため〝大かばやき〟と呼ばれていた時代があります。

 また、私も個人的に調べたところ、1800年代前半には既に『江戸前大蒲焼番附』なるものが存在していいて、浦和に蒲焼商がたった2軒しかなかった当時、すでに江戸では番付に載っているだけでも200軒以上の店舗が存在していたことが証明されました。

 現在でこそ、江戸前と言われれば寿司のことと思ってしまいますが、元々はうなぎに対して使われていた言葉なのです。このことから考えても、うなぎ蒲焼きの発祥の地が浦和であるということは、考えづらいのではないでしょうか。

【関連リンク】
ウナギ捕ったよ! かば焼き発祥浦和でまつり 3年ぶりにつかみ取り
(2015年5月24日 東京新聞)

ウナギつかみに歓声
(2015年5月24日 読売新聞)

ウナギつかみ取り:「3年ぶり」に 開始前から列 /埼玉
(2015年5月24日 毎日新聞)


埼玉)浦和うなぎまつり、ウナギのつかみ取り復活

(2015年5月23日 朝日新聞)

「浦和は蒲焼き発祥の地」というデマを宣伝するさいたま市に喝!
(YouTube)

『邪馬台国より古い氷川神社』『うなぎの蒲焼き発祥は浦和』
史実を無視した市のパンフを追及教育委員会も「信じないで」

(吉田一郎市政レポート 2012年2月特別号 3面)

編集 / 2015.05.29 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

埼玉県、民間企業と共同で特許取得 保有数52件

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 年頭に、私はブログで〝今年は、できるだけ明るい話題を紹介したい〟と書いたように記憶しています。
 しかし、私の目が曇っているせいか、なかなか明るいニュースが見つけられずにいます。
 今回は、読売新聞の記事から埼玉県の話題を紹介します。



県 民間と特許取得続々
保有52件 中小企業を技術支援

 多額の研究費を捻出できない中小企業を技術的に支援するため、県産業技術総合センターや県立がんセンターなど4施設が、医療や先端産業などの分野で民間企業と共同で特許の取得を進めている。保有件数は52件に上り、関東地方では神奈川県(46件)、千葉県(22件)、栃木県(21件)を上回った。県は「特許取得をさらに進め企業をもり立てたい」としている。

 記録に残されている最初の特許は、県産業技術総合センターが1981年に開発したたくあんを酸化させずに漬ける技術だった。その後、県は民間企業などと共同で毎年2~11件の特許を取得。活用している企業は30社以上に上っている。
 県の特許を使って企業が商品を開発すると、売り上げの約0・5~1%が「特許実施料」として県の収入となる。過去5年間では計約500万円が県の収入となった。
 県産業技術総合センターは10年間で40件以上の特許を取得。2008年には、戸田市の食品会社「みたけ食品工業」などと共同で、かき混ぜなくてもカビが生えないぬか床を開発した。同社はこの技術を活用し、これまでに200万個のぬか床を販売した。同社は「研究部門に多くの資金や人材を投入できないため、県の協力は非常に助かった」と話す。
 このほか県立がんセンターは07年、糖尿病やアトピー性皮膚炎など特定の病害を持つマウスを生み出す技術を開発したほか、県農林総合研究センターは06年、牛の食欲が増す特殊な乳酸菌を開発している。
 県産業技術総合センターは「県の特許を活用して商品を開発する有望な中小企業が出てくることを期待したい」としている。



 記事によれば埼玉県は、特許の保有数が関東において上位であるように報じられています。でも、東京や茨城・群馬の保有数には触れられていません。これらの都県はどれくらいの保有数なのでしょうか。
 また全国でいえば、埼玉県の特許保有数の順位は何番目くらいなのでしょうか。興味深いです。

 県の特許取得件数と特許実施収入の推移

【関連リンク】
(元記事) 県 民間と特許取得続
2015年4月21日 読売新聞

埼玉県産業技術総合センター

埼玉県立がんセンター

編集 / 2015.04.25 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

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