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2026年 首都高埼玉大宮線延伸 与野JCT→上尾へ

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 6月1日付の埼玉新聞に「首都高、与野JCTから上尾まで延伸…」という記事が載っているのをネットで見つけました。
 私としては、「吉田一郎市政レポート2016年4月特別号」や、3月1日にアップされた沢田力県議のブログに首都高延伸について既に報じられていたため、既知の情報として「何を今更&何故このタイミング?」という思いを受けました。そんな思いも込めて、何のコメントも付け加えずにTwitterに投稿したところ、思いの外リツィートなどの反応があったので驚きというか、少々不思議な思いがしております。
 


 以下は、前述の吉田一郎市政レポートから、首都高延伸関連の記事を引用して紹介します。



9年間の提案 ようやく実現!
宮前町の先まで高速道路建設
大宮の渋滞緩和のため、11年後に開通予定

 大宮は「鉄道の町」である一方、道路網は不十分です。私は9年前に議員に初当選してから、用地が確保済みの宮前町まで首都高を北へ伸ばし、大宮西部の渋滞緩和を図るとともに、大宮を全国の高速道路網に直結することを提案してきましたが、国が16年度の新規事業として予算をつけ、実現することになりました。

取得済み用地活用を
初当選してすぐ提案

主要渋滞箇所だらけの大宮 高速道路の延長で大幅に改善へ 新大宮バイパスの上を、東京から首都高埼玉大宮線が伸びています。しかし「大宮線」と言いながら、大宮手前の与野で東に曲がり、新都心を通って第二産業道路に抜けています。
 私が議員に初当選した07年当時、相川前市政や市議会では、首都高を東に伸ばして東北自動車道(浦和インター付近)へつなげようと論議していました。
 しかし、バイパスが開通した時から、宮前町までの中央分離帯には高速道路の用地が確保されています。
 そこで私は07年12月13日の建設水道委員会で、提案しました。


吉田一郎 バイパスの真ん中に用地は既に確保してある。鉄道博物館ができて大宮の北部に直接来る観光客が急増している。市は北伸をどう考えているのか。
土木部長 新大宮パイパスの慢性的な交通渋滞の解消や沿道環境の改善を図るうえでも、その実現に向け、国などの関係機関に積極的に働きかけていく。


 その後も議会で再三にわたって首都高の北伸を要望し、09年に国と県、市、首都高、東日本高速の5者で「新大宮上尾道路検討会」が発足。12年には首都高の中期経営計画で埼玉大宮線の北への延伸検討が盛り込まれ、14年から5者による埼玉県中央地域渋滞ボトルネック検討ワーキンググループ(WG)が、大宮を中心とした交通渋滞の分析を始めました。
主要渋滞箇所用地の確保されたバイパス

国が今年度から予算
大宮西署にインター

バイパス中央に首都高の用地は半世紀前から確保 本来の計画は、与野から圏央道の桶川北本ICまで、バイパスと高速道路を建設する内容です。
 しかし、上尾と桶川の境の湿地帯で、植物保護をめぐって環境団体が反発し、バイパス(上尾道路)の開通は大幅に遅れました。
 4月29日に上尾道路が圏央道まで開通しますが、当面は片道1車線で、植物に与える影響を長期的に観察したうえで、2車線化や高速道路の建設を検討することになりました。これでは圏央道までの高速道路は、何十年先かわかりません。
 私はバイパスや大宮西部の渋滞緩和のためにも、一貫して宮前町までの暫定開通を提案してきました。
 昨年6月17日の一般質問では、市の答弁は否定的でした。


吉田一郎 宮前町まですでに用地が確保されているが暫定開通させたらどうか。
本橋建設局長 圏央道までの事業化が重要と思う。


 しかし、2月22日のWG会議では「与野~国道16号(=宮前町)については、バイパスの渋滞が著しいことから対策を優先すべき」と結論がまとまりました。
 これを受けて、国が16年度から新規事業として採用。建設予算をつけることが決まりました。
 建設区間は、宮前町より少し先の上尾南 (日産ディーゼル付近)までで、開通は27年度の予定。途中に大宮IC(北行)、宮前南IC(南行)、宮前IC(北行)が設置されます。
 宮前南ICは大宮西警察署の南側に建設され、ここから東京方面へ直行できる形になります。
 「まず宮前町まで建設を」という私の現実的な提案が、9年がかりでようやく実を結ぶ形になりました。





【関連リンク】
2016年6月1日 埼玉新聞
首都高、与野JCTから上尾まで延伸 区間内に大宮、宮前南IC開設

2016年03月01日 埼玉県議会議員 沢田力 公式ブログ
「上尾道路」の上に高速道路が!与野から上尾まで延伸の見込み

吉田一郎市政レポート 2016年4月特別号
9年間の提案ようやく実現!
宮前町の先まで高速道路建設
大宮の渋滞緩和のため、11年後に開通予定


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編集 / 2016.06.02 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

第14回うなぎ祭り開催 浦和が蒲焼き発祥の地ってホント!?

カテゴリ: Non-category

 5月23日第14回浦和うなぎまつりが開催されました。
 当日は3年ぶりに復活したうなぎのつかみ取りが行われ、盛況のうちに終了したとのことです。
 翌日、新聞各紙も一斉にうなぎ祭りの様子を報じていました。その中で気になったのは東京新聞の記事。

以下 2015年5月24日付 東京新聞(TOKYO Web)より抜粋


 江戸時代から名物として親しまれ、うなぎのかば焼き発祥の地として知られるさいたま市で二十三日、恒例の「浦和うなぎまつり」が開かれ、四万六千人(主催者発表)でにぎわった。三年ぶりにウナギのつかみ取りが復活し、大勢の子どもたちが歓声を上げた。 (井上真典)

 市内のうなぎ店などでつくる実行委員会の主催。つかみ取りは、環境省がニホンウナギを絶滅危惧種に指定したことを受けて二〇一三年から自粛していたが、子どもたちに魅力を知ってもらおうと再開を決めた。

(中略)

 捕まえられたウナギはその場で調理され、うなぎ弁当(一個千五百円)として販売された。約三時間で二千個分の購入券がなくなる盛況ぶりだった。



 私が疑問に思ったことは2点。
 ①今年の来場者は4万6千人とありますが、市外からの来場者はどのくらいだったのでしょう。
 このイベントに、例年さいたま市は500万円ほどの補助金を出しています。
 来場者が市内から訪れた方ばかりならば、うなぎ業者の安売りセールに市は補助金をバラまいていると言われても仕方ないでしょう。
 公金を拠出する以上、その使われ方や効果について調査や検討をする必要があるのではないでしょうか。


 ②うなぎの蒲焼きが浦和発祥というのは本当なのでしょうか。

 蒲焼きが最初に文献に登場するのは、今から600年以上も前の室町時代。
 ただし当時の蒲焼きは現在の調理法とは全くの別物で、うなぎを筒切りにして串にさして焼いた姿が、植物の蒲(がま)の穂に似ていることから、蒲焼きと呼ばれるようになったといわれます。塩焼きや酢味噌、山椒味噌などの味付けで食されていたそうです。
 1700年頃、腹を開いて金串を刺し、タレを付けて焼くという調理方法が関西で開発されました。江戸に伝わったのが正徳年間(1711~1715年)といわれています。
 その後、関東の濃口醤油や味醂の普及に伴って関東風のタレと出会い、更に、脂肪が多く肉も堅い関東のうなぎのために「蒸し」の手間が加わって、蒲焼きは現在の姿に完成されてゆきます。
 浦和が発祥の地と主張しているのは、この〝完成形について〟であると思われます。
 では、その主張の根拠は何なのでしょうか。

 吉田一郎市議は、その根拠について、2011年9月議会の決算審査で追求しています。


 動画をご覧頂ければ分かりますが、吉田市議の「発祥の地である根拠は何か」という質問に対し、市の観光政策課長は「蒲焼き発祥の地という説を旧浦和市時代から使っている。蒲焼き業者も(その説を)使っている。説があるという事実をもって観光集客のPR材料に使う事は妥当であると考えている」と、全く噛み合わない答弁が返ってきます。
 更に吉田市議が。「浦和市史を調べた結果、蒲焼き発祥の地であるという記述はどこにもない。一体何処からでっち上げてきたのか」と詰め寄ると、観光政策課長は「私どもは歴史事実を確認する立場にない」と開き直る始末。

 業者が『自分の店が元祖だ』というのは自由ですが、いくら観光PRのためとはいえ、それを根拠に発祥の地と宣伝するのは如何なものかと思います。


 吉田氏の市政レポート2012年2月特別号によれば、市は1844年頃の『浦和宿絵図』に「蒲焼商」が2軒載っていることを証拠として提出していました。
 しかし吉田議員の調査により、1700年頃に発行された『江戸名所百人一首』で、深川八幡のカルタに「めいぶつ大かばやき」の屋台が描かれていることを発見。蒲焼き発祥の地は浦和でないことを証明しています。

※大かばやき
現在蒲焼きと呼ばれている調理法は、それまでの蒲焼きと区別するため〝大かばやき〟と呼ばれていた時代があります。

 また、私も個人的に調べたところ、1800年代前半には既に『江戸前大蒲焼番附』なるものが存在していいて、浦和に蒲焼商がたった2軒しかなかった当時、すでに江戸では番付に載っているだけでも200軒以上の店舗が存在していたことが証明されました。

 現在でこそ、江戸前と言われれば寿司のことと思ってしまいますが、元々はうなぎに対して使われていた言葉なのです。このことから考えても、うなぎ蒲焼きの発祥の地が浦和であるということは、考えづらいのではないでしょうか。

【関連リンク】
ウナギ捕ったよ! かば焼き発祥浦和でまつり 3年ぶりにつかみ取り
(2015年5月24日 東京新聞)

ウナギつかみに歓声
(2015年5月24日 読売新聞)

ウナギつかみ取り:「3年ぶり」に 開始前から列 /埼玉
(2015年5月24日 毎日新聞)


埼玉)浦和うなぎまつり、ウナギのつかみ取り復活

(2015年5月23日 朝日新聞)

「浦和は蒲焼き発祥の地」というデマを宣伝するさいたま市に喝!
(YouTube)

『邪馬台国より古い氷川神社』『うなぎの蒲焼き発祥は浦和』
史実を無視した市のパンフを追及教育委員会も「信じないで」

(吉田一郎市政レポート 2012年2月特別号 3面)

編集 / 2015.05.29 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

埼玉県、民間企業と共同で特許取得 保有数52件

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 年頭に、私はブログで〝今年は、できるだけ明るい話題を紹介したい〟と書いたように記憶しています。
 しかし、私の目が曇っているせいか、なかなか明るいニュースが見つけられずにいます。
 今回は、読売新聞の記事から埼玉県の話題を紹介します。



県 民間と特許取得続々
保有52件 中小企業を技術支援

 多額の研究費を捻出できない中小企業を技術的に支援するため、県産業技術総合センターや県立がんセンターなど4施設が、医療や先端産業などの分野で民間企業と共同で特許の取得を進めている。保有件数は52件に上り、関東地方では神奈川県(46件)、千葉県(22件)、栃木県(21件)を上回った。県は「特許取得をさらに進め企業をもり立てたい」としている。

 記録に残されている最初の特許は、県産業技術総合センターが1981年に開発したたくあんを酸化させずに漬ける技術だった。その後、県は民間企業などと共同で毎年2~11件の特許を取得。活用している企業は30社以上に上っている。
 県の特許を使って企業が商品を開発すると、売り上げの約0・5~1%が「特許実施料」として県の収入となる。過去5年間では計約500万円が県の収入となった。
 県産業技術総合センターは10年間で40件以上の特許を取得。2008年には、戸田市の食品会社「みたけ食品工業」などと共同で、かき混ぜなくてもカビが生えないぬか床を開発した。同社はこの技術を活用し、これまでに200万個のぬか床を販売した。同社は「研究部門に多くの資金や人材を投入できないため、県の協力は非常に助かった」と話す。
 このほか県立がんセンターは07年、糖尿病やアトピー性皮膚炎など特定の病害を持つマウスを生み出す技術を開発したほか、県農林総合研究センターは06年、牛の食欲が増す特殊な乳酸菌を開発している。
 県産業技術総合センターは「県の特許を活用して商品を開発する有望な中小企業が出てくることを期待したい」としている。



 記事によれば埼玉県は、特許の保有数が関東において上位であるように報じられています。でも、東京や茨城・群馬の保有数には触れられていません。これらの都県はどれくらいの保有数なのでしょうか。
 また全国でいえば、埼玉県の特許保有数の順位は何番目くらいなのでしょうか。興味深いです。

 県の特許取得件数と特許実施収入の推移

【関連リンク】
(元記事) 県 民間と特許取得続
2015年4月21日 読売新聞

埼玉県産業技術総合センター

埼玉県立がんセンター

編集 / 2015.04.25 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

【雑談・清酒】 ~小江戸川越が誇る幻の銘酒 鏡山~

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今回は予告を違えて、半年ぶりに〝酒〟の話。
前回(昨年夏)に紹介したのは大宮にある、さいたま市初となる自家醸造したクラフトビールを、その場で呑めるブリューパブ氷川の杜(氷川ブリュワリー)でしたが、今回は日本酒です。

先日私は上尾の地頭方にある、和酒専門の酒屋「石川屋」に行きました。

石川屋 店構え 石川屋 店内

画像にもあるように店内には、や八海山真澄天狗舞、そして、純米酒のみ造り続けている埼玉の神亀など全国でも名の知れたお酒が並んでいます。その日の私の目当ては、鏡山』(小江戸鏡山酒造)。小江戸鏡山酒造は川越で唯一の酒蔵で、創業は平成19年という新進の酒蔵です。

私が『鏡山』をはじめて知ったのは、一昨年10月に大宮ソニックシティで開催された「埼玉全35蔵大試飲会」でのこと。この会は例年10月に行われ、参加費の500円を払うだけで出品された全ての銘柄を試飲することが出来る催しで、私も幾度か訪れたことがあります。
鏡山は当日試飲した幾多の銘柄の中でダントツの旨さでした。表現力の乏しい私が、その味について感想を書くのは差し控えますが、蔵のHPから引用すれば、「米本来の旨みを存分に味わえる酒 香味芳醇で華やかな吟香を感じる酒 奥深い優雅な余韻に引き込まれる酒」とあります。その言葉に偽りのない素晴らしい清酒です。
残念ながら、この鏡山、既に知る人ぞ知る存在であるにも関わらず、仕込み量が僅少なため入手が困難な状況にあります。

日本酒各種

そんな鏡山と取引のある酒屋・石川屋、創業は大正元年という老舗です。今回初めてお邪魔した私ですが、鏡山以外にも興味を引かれるお酒があり、これから末永いお付き合いになりそうです。

【関連リンク】
小江戸鏡山酒造株式会社 HP

日本酒地酒専門店の石川屋 HP

氷川ブリュワリー Facebook

編集 / 2015.01.28 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

年頭のご挨拶にかえて

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新年のご挨拶を、と考えている内に、気がつけば松の内も疾うに過ぎ去っていました。
本年もこのようなペースの更新ですが、何卒よろしくお願い申し上げます。
さて、おかしなおかしなさいたま市政。2014年を振り返ってみると

・クリテリウムの大幅赤字と市長専決

・官製談合事件 職員逮捕と公園修繕工事未着工問題

・埼玉高速鉄道(SR)の自力経営健全化断念

・大宮区役所移転 県議会、附帯決議に地下鉄(SR)延伸

・政務活動費不正使用で切手大量購入

など、様々な問題が報道され、当ブログでも取り上げてきました。
今年もその姿勢は変わりませんが、本年はできるだけ明るい話題もできればと思っています。

さて、本年 2015年は統一地方選挙の年。
私が投票できる選挙だけでも、春にはさいたま市議選、県議選。夏には知事選挙が予定されています。それ以外にも各地で様々な選挙が行われます。
私が勝手に応援している吉田一郎前市議も、チラシ配布・駅頭の演説など活動が活発になってきました。
1月17日(土)には、北区の複合公共施設であるプラザノースの第3セミナールームにて、2年ぶりとなる市政報告会も予定されています。時間は14:00から16:00まで。
子供の頃、将来の夢はコメディアンだったという吉田氏の話は実に軽妙で、他の政治家にありがちな退屈な時間などは無縁です。
市政や吉田氏に興味のある方もない方も、是非足を運んで頂ければと思います。

編集 / 2015.01.12 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

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