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第14回うなぎ祭り開催 浦和が蒲焼き発祥の地ってホント!?

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 5月23日第14回浦和うなぎまつりが開催されました。
 当日は3年ぶりに復活したうなぎのつかみ取りが行われ、盛況のうちに終了したとのことです。
 翌日、新聞各紙も一斉にうなぎ祭りの様子を報じていました。その中で気になったのは東京新聞の記事。

以下 2015年5月24日付 東京新聞(TOKYO Web)より抜粋


 江戸時代から名物として親しまれ、うなぎのかば焼き発祥の地として知られるさいたま市で二十三日、恒例の「浦和うなぎまつり」が開かれ、四万六千人(主催者発表)でにぎわった。三年ぶりにウナギのつかみ取りが復活し、大勢の子どもたちが歓声を上げた。 (井上真典)

 市内のうなぎ店などでつくる実行委員会の主催。つかみ取りは、環境省がニホンウナギを絶滅危惧種に指定したことを受けて二〇一三年から自粛していたが、子どもたちに魅力を知ってもらおうと再開を決めた。

(中略)

 捕まえられたウナギはその場で調理され、うなぎ弁当(一個千五百円)として販売された。約三時間で二千個分の購入券がなくなる盛況ぶりだった。



 私が疑問に思ったことは2点。
 ①今年の来場者は4万6千人とありますが、市外からの来場者はどのくらいだったのでしょう。
 このイベントに、例年さいたま市は500万円ほどの補助金を出しています。
 来場者が市内から訪れた方ばかりならば、うなぎ業者の安売りセールに市は補助金をバラまいていると言われても仕方ないでしょう。
 公金を拠出する以上、その使われ方や効果について調査や検討をする必要があるのではないでしょうか。


 ②うなぎの蒲焼きが浦和発祥というのは本当なのでしょうか。

 蒲焼きが最初に文献に登場するのは、今から600年以上も前の室町時代。
 ただし当時の蒲焼きは現在の調理法とは全くの別物で、うなぎを筒切りにして串にさして焼いた姿が、植物の蒲(がま)の穂に似ていることから、蒲焼きと呼ばれるようになったといわれます。塩焼きや酢味噌、山椒味噌などの味付けで食されていたそうです。
 1700年頃、腹を開いて金串を刺し、タレを付けて焼くという調理方法が関西で開発されました。江戸に伝わったのが正徳年間(1711~1715年)といわれています。
 その後、関東の濃口醤油や味醂の普及に伴って関東風のタレと出会い、更に、脂肪が多く肉も堅い関東のうなぎのために「蒸し」の手間が加わって、蒲焼きは現在の姿に完成されてゆきます。
 浦和が発祥の地と主張しているのは、この〝完成形について〟であると思われます。
 では、その主張の根拠は何なのでしょうか。

 吉田一郎市議は、その根拠について、2011年9月議会の決算審査で追求しています。


 動画をご覧頂ければ分かりますが、吉田市議の「発祥の地である根拠は何か」という質問に対し、市の観光政策課長は「蒲焼き発祥の地という説を旧浦和市時代から使っている。蒲焼き業者も(その説を)使っている。説があるという事実をもって観光集客のPR材料に使う事は妥当であると考えている」と、全く噛み合わない答弁が返ってきます。
 更に吉田市議が。「浦和市史を調べた結果、蒲焼き発祥の地であるという記述はどこにもない。一体何処からでっち上げてきたのか」と詰め寄ると、観光政策課長は「私どもは歴史事実を確認する立場にない」と開き直る始末。

 業者が『自分の店が元祖だ』というのは自由ですが、いくら観光PRのためとはいえ、それを根拠に発祥の地と宣伝するのは如何なものかと思います。


 吉田氏の市政レポート2012年2月特別号によれば、市は1844年頃の『浦和宿絵図』に「蒲焼商」が2軒載っていることを証拠として提出していました。
 しかし吉田議員の調査により、1700年頃に発行された『江戸名所百人一首』で、深川八幡のカルタに「めいぶつ大かばやき」の屋台が描かれていることを発見。蒲焼き発祥の地は浦和でないことを証明しています。

※大かばやき
現在蒲焼きと呼ばれている調理法は、それまでの蒲焼きと区別するため〝大かばやき〟と呼ばれていた時代があります。

 また、私も個人的に調べたところ、1800年代前半には既に『江戸前大蒲焼番附』なるものが存在していいて、浦和に蒲焼商がたった2軒しかなかった当時、すでに江戸では番付に載っているだけでも200軒以上の店舗が存在していたことが証明されました。

 現在でこそ、江戸前と言われれば寿司のことと思ってしまいますが、元々はうなぎに対して使われていた言葉なのです。このことから考えても、うなぎ蒲焼きの発祥の地が浦和であるということは、考えづらいのではないでしょうか。

【関連リンク】
ウナギ捕ったよ! かば焼き発祥浦和でまつり 3年ぶりにつかみ取り
(2015年5月24日 東京新聞)

ウナギつかみに歓声
(2015年5月24日 読売新聞)

ウナギつかみ取り:「3年ぶり」に 開始前から列 /埼玉
(2015年5月24日 毎日新聞)


埼玉)浦和うなぎまつり、ウナギのつかみ取り復活

(2015年5月23日 朝日新聞)

「浦和は蒲焼き発祥の地」というデマを宣伝するさいたま市に喝!
(YouTube)

『邪馬台国より古い氷川神社』『うなぎの蒲焼き発祥は浦和』
史実を無視した市のパンフを追及教育委員会も「信じないで」

(吉田一郎市政レポート 2012年2月特別号 3面)
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編集 / 2015.05.29 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑

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